【コラム:労働法】高齢者の継続雇用

  

先日、政府は、高齢者が希望すれば原則70歳まで働けるよう、現在の原則65歳までから年齢引き上げの検討に入るとの報道がありました。60歳以降の継続雇用が一般的になったのはつい最近のことのように思え、また引き上げるのか、と思う方も多いのではないでしょうか。

法律上、定年到達者の65歳までの再雇用が努力義務化されたのは意外と前のことで、平成2年に、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年齢者雇用安定法」)が改正されてのことでした。

その後、逐次改正により内容の充実が図られ、平成16年改正で、65歳未満の定年を定めている事業主に対して①定年の引上げ、②継続雇用制度の導入、③定年の定めの廃止、のいずれかの措置の実施が義務付けられました。

もっとも、平成16年改正では、②の継続雇用制度について、労使協定により基準を定めた場合、希望者全員は対象としない制度が可能とされていたことから、希望者全員が65歳まで働けるようにはなりませんでした。

しかし、平成24年改正においてこの労使協定による例外の定めが撤廃され、原則として希望する労働者は65歳まで継続して雇用されることができるようになりました。

実に、30年近く前から段階的に65歳までの働く環境が整えられてきたといえます。

 

平成24年改正の背景には、厚生年金の支給開始年齢が平成25年4月から段階的に引き上げられることとなったのに伴い、賃金・年金のいずれも得られなくなる人が出るのを防ぐという狙いがありました。今回の70歳までへの引き上げ検討も、働き手不足対策という面はもちろんあるでしょうが、年金制度と無関係とはいえないように思います。昨今は70歳を超えて元気な方も大勢いらっしゃるくらいですから、蓄積した知見をもとに大いに活躍していただきたいと思う一方、年金制度は果たして大丈夫なのか、心配になるところでもあります。

 

さて、政府がどのような形で原則70歳までの年齢引き上げを実現するのか現時点では不明ですが、賃金の点は経営者・労働者のいずれにおいても重要な関心事でしょう。現状、60歳を定年とし、その後は有期雇用として再雇用する形で、65歳までの継続雇用を実現する企業が多いようであり、60歳までとその後では、職務内容にさほど違いがなくても給与が相当程度下がることが多いようです。

 

近時、定年後継続雇用された労働者の給与について、注目すべき判例・裁判例が現れています。

 

最高裁が平成30年6月1日に判決を下した、いわゆる長澤運輸事件は、定年後再雇用された労働者の事例です。同事件の上告人らは、運送会社を定年退職後、同社と有期労働契約を締結し、定年前と同様にタンクローリーの運転手として就労していましたが、賃金は金額にして2割程度低くなっていました。上告人らの主な主張は、正社員として同社と無期労働契約を締結している従業員との間に、各種手当や賞与等の点で労働契約法20条に違反する労働条件の相違があるというものでした。

 

労働契約法20条は、概要、有期労働契約を締結している労働者の労働条件が、無期労働契約を締結する労働者の労働条件と相違する場合、その相違は、ⅰ「業務の内容とその責任の程度」、ⅱ「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」、ⅲ「その他の事情」を考慮して、不合理と認められるものであってはならないことを定めています。 

 

同判決において最高裁が判断した論点は複数ありますが、同条の「不合理と認められるもの」について、「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいう」とした上で、本件における不合理性判断の上で考慮する要素のうち、上記ⅰ「業務の内容とその責任の程度」、及び、ⅱ「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」の点は上告人らと正社員とに違いはないと認定しています。

そして、我が国における定年制の意義を述べた上、定年制下の無期契約労働者の賃金体系が定年退職までの長期間雇用を前提とすることが多いのに対し、定年退職者の有期労働契約による再雇用において長期間の雇用は通常予定されていないこと、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けられることを理由として、上告人らが定年退職した後に有期労働契約により再雇用された者であるという事実を、ⅲ「その他の事情」として考慮すべきとしました。

さらに、不合理性の判断に当たっては、考慮すべき両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものとしました。

そして、個々の賃金項目(①能力給及び職務給、②精勤手当、③住宅手当及び家族手当、④役付手当、⑤超勤手当)について検討がなされ、結論として、②精勤手当、⑤超勤手当について、差異を設けたことが違法と判断されています。

 

また、同判決より前ですが、食品会社で正社員として働いていた女性が、定年後再雇用される際に収入が75%も減る労働条件を提示されたことについて、不法行為に基づく損害賠償等を請求した事例(条件が折り合わず、再雇用はされておりません)について、福岡高裁(福岡高判平成29年9月7日労判1167号49頁)は、「定年前後の労働条件の継続性・連続性が一定程度確保されることが原則」との解釈を示し、使用者側の労働条件の提示は「高年齢者雇用安定法に基づく継続雇用制度の導入の趣旨に反し、違法性がある」として慰謝料の支払いを命じました(最高裁が使用者側の上告を不受理としており、確定しています)。

 

両判決からは、使用者として、定年後の再雇用における賃金は下がって当たり前だろうと単純に考えて決定すべきではなく、定年前の正社員の賃金体系との整合性を意識しつつ、また、手当の趣旨・目的についても考えた上で支給を決定する等の必要があるといえます。

 

高齢者継続雇用においてはその長年の知見を活用できる一方で、個人間の能力、意欲、健康状態等のばらつきが若年層以上に顕著になり、また、往々にして労働者の親の介護への配慮等も必要となるとされるところです。

仮に希望する70歳までの雇用が義務化された場合、かかる点は一層顕在化すると思われます。

 

従業員の雇用期間延長は、企業経営に長期的な影響を与えるものです。経営者の皆様におかれましては、各々の業界において明らかになりつつある高齢者継続雇用のメリット、デメリットを踏まえ、将来的に希望する労働者の70歳までの雇用が義務付けられるに至った場合に、いかにして業績向上につなげるかの対応策について、今から考えておくことにも意味があるのではないでしょうか。

 

現状、少子高齢化の流れは一向に変わる気配がありませんので、今後、65歳定年、70歳定年が一般的になり、さらには定年を設けないことが一般的になることも、考えておかねばならないかもしれません。