【コラム】地面師事件報道に接して

一昨年,大手住宅メーカーが,土地取引を巡り所有者を装った地面師グループに多額の金銭を詐取された事件が起こりました。そして昨年後半から,当該事件に関わった地面師グループの人々が,詐欺罪や偽造有印私文書行使罪等の罪で続々と逮捕され,話題になりました。

地面師とは,土地所有者になりすまして売却を持ちかけて多額の代金をだまし取る不動産詐欺を行う者をいい,古くは戦後に,役所の被災による書類の紛失等に乗じて暗躍していました。そして,現代において,集団で緻密な計画を立て,大手住宅メーカーのような専門業者をもだます地面師が登場してきたのです。

今回逮捕された地面師グループの手口については,今後の裁判で明らかになっていくと思われますが,過去に起きた不動産売買にまつわる地面師事件では,どのような手法で買主が欺罔されたのでしょうか。

前提として,まずは,不動産売買の実務を紹介したいと思います。

民法において,契約は,当事者間における相対立する意思表示の合致をいい,申込者による申込みの意思表示と承諾者による承諾の意思表示の合致により成立します。売買契約は,その目的物について,財産権移転の合意と代金支払の合意(意思表示の合致)があれば,契約が成立します(民法555条)。

そうすると,理論上は,不動産の売買契約も,売買当事者間で申込みと承諾の合意があったときに成立し,目的物引渡し・登記移転・契約書作成などは契約成立のために必ずしも必要ではないということになります。しかし,不動産売買の実務はこのようにはなっていません。

不動産売買においては,対象物件の選択可能性の大きさやそれに応じた購入価格の変動可能性,売買相手方への信頼の必要性,利用適合性や快適性,購入後生じうる問題発生に対する予測,取引失敗による取り返しがつきにくいことなど,取引へのいっそうの慎重さが要求されます。そのため,買受希望者は,不動産情報を収集し,現地調査をし,不動産の権利関係・性質・形状・価格等につき,売主または不動産業者から説明を受け,金融機関の審査を受けるなどの流れを経ることになります。その過程で弁護士・司法書士・不動産鑑定士等専門家の意見を求めることもあります。全ての点について合意が整えば契約締結となりますが,その間に,申込証拠金が授受されたり,買付証明書・売渡証明書などの文書が交付されたりすることもあるほか,大規模な土地開発プロジェクトの場合には,仮契約書・覚書等の書面が交付されることもあります。そして,必要な法律上の届出や許可の申請,手付の授受,仲介業者の宅地建物取引主任者による重要事項の説明が行われ,ようやく売主・買主双方が契約書への署名・押印をして契約締結が完了することとなります(塩崎勤ら編『不動産関係訴訟』5~7頁(民事法研究会,初版)。

今回の「地面師」事件は,被害者である住宅メーカーが所有権移転登記をしようとしたところ,所有者側から提出された書類が偽造と判明し,法務局で登記申請が却下されたというものでした。不動産の権利関係についての売主の説明という段階で,巧妙な欺罔行為があったということです。

次に,過去に起きた地面師事件での地面師の具体的な詐欺手口を紹介します。

他人所有の不動産につき,その所有者に成りすまして融資を申し込み,当該他人名義であらかじめ開設していた銀行口座に振込送金させたという詐欺等の事案で,大阪高裁は,「上記・・・のいわゆる地面師詐欺事件は,偽造された運転免許証や印鑑証明書,登記済権利証等を使用して,不動産登録ファイルに虚偽の記載をさせたり,あらかじめ土地所有者名義で預金口座を開設しておいたりするという種々の手練手管を用いた組織的な犯行であって,犯情極めて悪質である。」と判示しました(大阪高判平成16年12月21日判例タイムズ1183号333頁)。

上記事案において地面師は,偽造した公的書類を使って不動産登録ファイル上で所有者になりすまし,また,土地所有者名義で預金口座を開設するなど,客観的にみて土地所有者であると第三者が信頼するような環境を整えたうえで相手方を欺罔する,という手口を用いています。類似の手口を用いた地面師事件の裁判例もあり,地面師の詐欺の手口として基本的なものであると思われます。

不動産取引に限らず,専門的知識と複雑な権利関係の整理が必要となる契約締結場面においては,所有者になりすまし相手方を騙そうとする人々が,残念ながら存在します。重要な契約や取引に関わる人々は,このことを頭の片隅にいれ,意識的に細心の注意を払って臨むことが必要となるでしょう。

不動産取引をはじめとした複雑な手続きと専門的判断が必要な契約の場面において,不明な点や不安がある場合には,当事務所までご相談ください。