【コラム】高齢者の交通事故と道路交通法改正

先日、横浜市で軽トラックが登校していた小学生の列に突っ込み、小学1年生の男の子が死亡するという痛ましい事故が再び発生してしまいました。
このような事故は車側の一方的な過失によるものであり、歩行していた小学生やその親としては事故を回避する術がないという点で非常に残酷であり、亡くなられた小学生とそのご家族はもちろんのこと、怪我をされた子供たちやその家族も将来にわたり心の傷を負っていく可能性も考えると非常に心が痛みます。

今回、過失運転致死傷の疑いで逮捕されたのは87歳、無職の高齢者であり、取り調べに対し、子供たちと衝突したこと自体は認めているとのことですが、「どこを走ったか覚えていない」などと話しており、事故の前日の朝から都内などを断続的に走っていたとみられるそうです。被疑者の供述は二転三転し、意思の疎通が難しい状態とのことで、今後、認知症の検査が実施される予定とのことです。

ご存じの通り、刑事責任を問うためには、本件事故当時、運転者に責任能力があったことが必要となりますが、重度の認知症である場合は責任能力がないとして、罪に問われなくなる可能性もあります。
損害賠償などの民事責任も同様に、重度の認知症の場合には責任能力を問われない可能性があります。
このように、運転者が仮に重度の認知症を負っていた場合には、被害者としては運転者本人に刑事責任も民事責任も問えない結果となってしまうのです。

この点、民事責任については、民法714条が重い認知症のように責任能力がない人の賠償責任を「監督義務者」が負うと定めていますが、今年3月、最高裁判所から出された判決が話題となりました。
認知症で徘徊(はいかい)中の男性(当時91歳)が列車にはねられて死亡した事故をめぐり、鉄道会社が家族に損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁判所は、介護する家族に賠償責任があるかは生活状況などを総合的に考慮して決めるべきであるとする初めての判断を示し、同居の妻と別居の長男は監督義務者にはあたらず、賠償責任はないと判断されたのです。
認知症の高齢者による事故の賠償責任について、家族であるからといって当然には認知症の高齢者の監督義務者には該当しないとの判断を示したものであり、認知症の高齢者と暮らす家族の方にとっては救いの判決と評価される一方で、責任能力がない人が起こした事故の損害回復はどうすべきか、また、認知症の高齢者による事故を防ぐための国の施策、家族の介護をどうするかなどの重要な課題も指摘されています。

このように、更なる高齢者社会を迎える日本にとって、認知症の高齢者による事故の問題は真剣に検討すべき問題だと思います。
この一貫として、高齢者による交通事故を予防するため、運転免許の更新制度の見直しが行われ、2015年に道路交通法が改正されました。
現行制度は、75歳以上の人は3年に1度の免許更新の際、認知機能を調べる検査が義務づけられており、検査結果に応じて2時間半ほどの高齢者講習を受けることになっていますが、検査の結果は、認知機能が「低下している」、「少し低下している」、「心配ない」、の3段階に分けられるものの、低下と判定された人も、原則として、免許は更新されます。
それでは何のための認知機能検査であるのか、これで果たして事故が予防できるのかという疑問が生じるわけですが、2017年3月以降は、「認知機能が低下」という人、全員に医師の診断を義務づけ、そこで認知症と診断されれば免許が取り消されるという制度に変更されました。

高齢者による事故の予防政策としては、上記法改正は大きな前進だと思いますが、私見としては、3年に1度の認知機能検査では、その間に認知症が急激に進行したような場合には不十分であることは明らかであり、毎年の認知機能検査の義務づけがなされるよう、速やかに制度変更をすべきではないかと思います。
もっとも、高齢者の運転免許の更新手続きが厳格化すれば、今度は高齢者の移動手段の確保が特に地方で課題となります。
都市部に比べて地方は過疎化などで鉄道やバスの路線廃止が相次ぎ、高齢者がマイカーに頼らなければ、生活を維持できないという実態があるからです。
コミュニティバスを運行したり、乗り合いタクシーや予約制タクシーなどに補助金を出す、あるいは買い物支援サービスを行っている自治体もあるようですが、予算の問題もあり、簡単に解決出来る問題ではありません。

高齢者による事故の予防のための制度見直しや法改正、一方、高齢者の生活の確保や介護する家族の国によるサポートのほか、事故の被害者の保護等、更なる高齢化社会に向けて検討すべき課題は山積みですが、私たちは皆が明日は我が身という気持ちで真剣に考えていかなければならないと思います。