【コラム】公益通報者保護法の改正について

 公益通報者保護法は、公益のため不正行為を通報した労働者や役員が、解雇その他の不利益な扱いを受けないよう保護することなどを目的として2004年に制定されました。これまでに複数回の改正を経てきましたが、本年、昨今の公益通報制度の実情や公益通報者の保護を巡る国内外の動向を踏まえ、更なる制度の実効性強化を目指して新たな法改正が行われました。この改正した法律は、公布日である2025年6月11日から1年6月内の政令で定める日から施行されることとなっています(以下、これを「改正法」と呼びます。)。

今回の改正は、①公益通報体制の整備徹底と実効性向上、②公益通報者の範囲拡大、③公益通報阻害要因への対処、④公益通報を理由とする不利益な取扱の抑止・救済の強化の4つが柱となります。

多くの企業では内部統制制度の一貫として内部通報制度を構築していますが、改正法を受け、内部通報制度の見直し・強化が不可欠になると思われます。以下、企業の法務・コンプライアンス担当者の視点で注意すべき改正法のポイントを解説します。なお、以下の条文はすべて改正法の条文です。

1 公益通報体制の整備徹底と実効性向上

  2022年の改正で、従業員300人超の従業員がいる企業には公益通報対応従事者を選任・指定する義務が定められ、消費者庁長官(内閣総理大臣の権限が委任されています)の報告徴求に対する懈怠や虚偽報告には行政罰(過料)が導入されました。しかし、体制整備が不十分な事業者も散見されたため、改正法では、消費者庁長官に、違反企業に対し是正命令を出す権限を付与すると共に(第15条の2)、その命令に違反した場合に30万円以下の罰金に処する刑事罰を導入しました(第21条2項、第23条)。また、消費者庁長官に従来の報告徴収権限に加え、企業に対する立ち入り検査権限を付与し(第16条1項)、報告懈怠・虚偽報告・検査拒否に対して30万円以下の罰金が科されることとなりました(第21条2項、第22条)。これら刑事罰は責任者のみならず企業も処罰される両罰規定です。更に改正法は、内部通報制度の実効性向上のため、従業員等への通報制度の周知義務を法律上明記しました(第11条2項、なお違反への罰則規定はありません)。

2 公益通報者の範囲拡大

  これまでは、労働者や派遣社員、役員、退職後1年以内の元従業員、法人である取引先の従業員等が公益通報者としての保護対象でした。改正法では新たにフリーランス保護法上の特定受託事業者(個人事業者及び業務委託終了1年内の個人事業者も含む)を追加し、いわゆるフリーランスに対しも公益通報を理由とする契約解除や報酬減額等の不利益取扱を禁止しました(第2条1項3号、第5条)。

3 公益通報阻害要因への対処

  内部通報制度が十分機能しない原因として、通報しづらい職場環境の問題が指摘されていました。この観点で、改正法では以下の2つの対策を講じました。

    通報者探索行為の禁止

すべての公益通報について、正当な理由がなく通報者が誰なのかを特定しようと調査する行為(通報者探索行為)を明文で禁止しました(第11条の3)。正当な理由に当たる場合としては、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどやむ得ない理由がある場合などが一応考えられますが、その判断は慎重に行う必要があります。なお、この規定違反に対する罰則はありませんが、違反すれば当然消費者庁からの是正指導・勧告等を受ける可能性があります。

    公益通報妨害の禁止

企業が従業員に対し、正当な理由がなく、公益通報しない旨の合意をすること等によって公益通報を妨げる行為をすることを禁止し、これに違反してなされた合意は通報妨害行為として無効となることが明文化されました(第11条の2)。この規定の運用に関しては以下に述べる点に留意する必要がありそうです。

正当な理由については、カルテルに関して課徴金減免制度の利用を考えている場合、事業者が適切に調査を行い、是正措置を考えている場合(企業がいわゆる日本版司法取引(合意制度)の利用を検討している場合を含む)など一定期間ないし条件付きの保秘が正当化される場合などが考えられます。また、一般的に企業と従業員の関係では、就業規則において包括的な情報漏洩禁止規定を置き、あるいは個別事象に際し、秘密保持誓約書を提出させている場合も多いと思いますが(役員や取引事業者との間の関係でも同様です)、改正法施行によりこれら包括的な条項がすべて無効になるとは思われません。これらの点に関し各企業は、施行までに示される指針や逐条解説を確認し適切に対応する必要があります。

4 不利益取扱の抑止・救済

改正法は、民事・刑事両面で内部通報者の不利益取扱の抑止・救済策を強化しています。まず民事上の救済強化としては、通報1年以内(事業者が外部通報を認知した場合は認知日から1年以内)に行われた解雇・懲戒処分については、「公益通報を理由とするもの」と法律上推定することとしました(第3条3項)。つまり、通報者が解雇無効を訴えた裁判では企業側が「その解雇・懲戒は通報と無関係である」ことを立証しなければならず、企業側に立証責任が転換されることになりました。

刑事上の制裁としては、公益通報を理由に従業員を解雇または懲戒した場合、違反行為者は6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金に処せられ、法人に対しても3000万円以下の罰金が科せられることとなりました(第211項、第23条)。

罰則の対象となる懲戒処分の幅が広い上、違反した場合に行政手続きを経ずに直接刑事罰を科すという強い抑止策となりますので、企業にとってもコンプライアンスリスク上見逃せない変更点です。この点一般職の公務員等についても上記同様の、公益通報を理由とする不利益取り扱い禁止と直罰規定が定められており(第9条、21条、23条)、官民例外なく社会全体で内部通報者保護の推進を徹底する姿勢と言えます。ただし、現実の実務では、公益通報者の中には自らコンプライアンス違反を行っている場合もあり、公益通報者という立場があるからというだけで、一切の懲戒処分ができないと企業秩序の観点から問題が生じる場合もあり得ます。このような場合、外部弁護士等第三者的立場の専門家に事実関係の調査を依頼するとともに、法令解釈に関する助言を得ることが重要になってくると思います。

以上、改正法の4つのポイントを解説しましたが、施行が予想される2026年末までにはまだ時間的な余裕がありますので、企業の法務・コンプライアンス担当者は、この猶予期間を活用して自社の内部通報制度や関連する諸規定を総点検し、必要な対策を講じることが求められます。

作成者:弁護士 稲川龍也